タイタニックの事故を予知した人々!

タイタニックの出航直前に、まるで悲劇を予想したかのように乗船をキャンセルした人びとがいた。それも55人という、普通ではありえない数だった。いったい彼らに何があったのだろうか?

船員のトム・シムズは、タイタニック号の乗組員募集に応募して採用されて喜んでいたが、母親のエリザベスはそうではなかった。不思議な予感を働かせて先々の出来事を予知する彼女は、タイタニック号が惨事に遭遇することを確信するあまり、船会社のオフィスを訪れて、息子の名前を乗員名簿から削ってくれるよう懇願したのだった。結果はいうまでもなく、出航したタイタニック号の船員の中にトムの姿はなかった。

キャンセルした55人のほかにも、乗船をとりやめようとした人がいた。当時世界的に有名だった鉱山技師ジョン・ウィアーは出発前にロンドンのウォルドーフ・アストリアホテルに滞在していたが、4月10日の朝目覚めると、ベッドサイドテーブルに置いてあった水差しが粉々に割れていた。水がこぼれ、力ーペットまで濡れていた。不吉な感覚に襲われたウィアーは、ホテルの支配人を通じてキャンセルするよう頼もうとした。しかし支配人は、技術の粋を結集して作られたタイタニックが「不沈」であることを強調し、ウィアーの予感を「迷信深さ」としてなだめた。ウィアーは予定通りタイタニックに乗ったが、どうしても不吉な気持ちが拭いきれない。そこで秘書に相談し、人が出入りできる最後の港だったアイルランドのクイーンズタウンで下船しようと持ちかけたが、秘書はまったく取り合わなかった。そしてアメリカ目指して大西洋に出た直後、タイタニックが氷山と激突して沈没するという事故が起きたのだ。

他にも惨事を予感した人びとがいた。とくに乗組員の妻たちは、何人かが不吉な予感にとらわれ、夫に不安を打ち明けている。そのなかのひとりに、ガッディ夫人がいた。夫のルイジ・ガッディは、船内の高級レストランの支配人だった。 ガッディ夫人は、航海が決まってからというもの、妙な胸騒ぎに襲われていた。なぜかはわからない不安や恐れなどを感じ、夫に船に乗ることをやめるよう、いいつづけていたのである。しかし、レストランの支配人が乗らないわけにはいかない。心配する夫人をなだめ、ガッディはタイタニックに乗りこんだ。ガッディは運よく助かり、生還した。生きて戻ってから夫人の言葉を思い出し、的中した夫人の予言を終生忘れることがなかったという。

旅客係として乗船しようとしていたアーサー・ルイスは、制服の胸に付いた銀の星がいきなり粉々に割れるのを目の当たリにした。これを見た妻は、夫が船に乗らないよう懇願したくらいだ。しかし、乗船間際の時点で家に引き返すわけにはいかない、大丈夫さ、と言ってタイタニックに乗り込んだルイスだったが、もちろん事故に遭遇してしまった。しかし彼の場合、奇跡的に助かった。彼は「やはり星が割れたのは、不吉な前兆だったのでしょう」と後になって語っている。

乗組員自身にも"嫌な感じ"を訴える人びとがいた。タイタニックの航海士長を務めたのは、H・T・ワイルドであった。ワイルドは、なかなかタイタニック号に乗ろうとしなかった。出航日である4月10日の朝までに乗ればよい、ということになってはいたものの、皆それよりも早く乗っており、スミス船長ですら6日から乗りこんでいた。ワイルドが船に乗ったのは、出航前日の9日になってからだった。そして、大西洋に出て一日目に、イギリスにいる妹に向けて次のような手紙を書いている。「どうもこの船は好きになれない。言葉では言えないような、いやな感じがする」。最後の寄港地であるクイーンズ・タウンでこの手紙を出し、ワイルドは航海へと旅立っていった。この手紙を受け取った妹は、タイタニックが氷山と衝突した夜一睡もできなかったという。

せっかく受けていた忠告が、むだになった人もいた。エディス・エヴァンスは遭難し、迫りくる海水を前にして思い出した言葉があった。それは、以前に見てもらった占い師の「水に気をつけなさい」という忠告だった。たいして気にもとめていなかった言葉が、悲劇に直面したそのときに蘇ったのである。それは、あまりにも遅すぎたといえる。

夢のなかで悲劇を予兆!

夢で惨事の光景を見た、という人もいる。海に沈む船のようすを見た女の子は、その夢を家族に話した。叔父が三等航海士としてタイタニックに乗っていたのである。夢は現実のものとなり、叔父は二度と戻ることはなかった。

事故の起きた4月14日の前夜、レバノン移民のバート・ジョンは悪夢を見る。彼をアメリカまで運んでくれるこの新造の大型船に、重大事が発生していた。彼も気づいたのだが、船が沈没しかかっていたのだ。ところが、いつの間にやらジョンは棺の中に入れられて、下甲板から救命ボートのおいてある上甲板まで、わざわざ運ばれていた。そこで、棺桶の外へ出ようと懸命にもがいた結果、やっとのことでジョンは脱出に成功したが、次の瞬間、破れかぶれの勢いがあまって甲板から飛び出し、救命ボートに落ちてしまった。ちょうどそこで夢から覚めた。24時間後、現実にジョンは甲板の手すりを飛び越え、おりていく救命ボートに身を躍らせて助かることとなるのである。

1912年4月10日、イギリス南岸沖に浮かぶワイト島に住むマーシャル一家が、家の屋根に登って遠くの海を行くタイタニックを見ていた。その時である。ブランシェ・マーシャルが急に大声で泣きはじめた。夫や子供が心配してわけを訊くと、タイタニックが沈み、乗客たちが冷たい水の中に放り込まれる光景が浮かんだというのである。血縁者や知人がタイタニックに乗っていたわけでもないが、後に事故を知った家族は言葉を失った。どうやらブランシェには予知能力があったようで、タイタニック事故の三年後にも、ラスタニア号の遭難を予言し、家族を救っている。一家が乗船のキャンセルをしたラスタニア号は、魚雷による攻撃を受け、多くの乗員乗客と共に海中に没したのである。

フィンランド人女性のライティネンは、タイタニック号に乗船するべくフィンランドを出発する前日に、次のような夢を見た。夢の中で彼女は、手にひしゃくを持ったまま、数名ほどの仲間とともに井戸のそばに立っていたそうだ。そのひしゃくがするりと手からこぼれて、井戸の中へ落ちたため、ライティネンは身を乗り出して、ひしゃくを拾おうとしたが身体のバランスを失って、氷のように冷たい水をたたえた井戸の底へ転落してしまった。 「ここの水はいつもこんなに冷たいの?」、彼女は仲間の一人にそう問いかけた。「ああ」と仲問は答えた。「おまけに流れてもいる」。その後、ライティネンはタイタニック号と最後を共にする。

カナダに住むメソジスト教会の牧師で、チャールズ・モーガンという男性がいた。4月11日、夕方の礼拝で祈りを捧げていたモーガンは突然、眠りに誘われた。そして見た夢は、大型客船が衝突事故を起こす内容だったのである。混乱する人びと、沈みゆく船、甲板で演奏される賛美歌…。それは、あまりにもリアルな夢だった。タイタニック号が氷山に衝突したのは、モーガンが夢を見た数時間後だった。

翌日、鮮烈な夢が忘れられないモーガンは、朝の説教のなかで、その夢の内容を話したが、そのときはカナダの沖でタイタニック号が沈んだことはまだ伝わっていなかったのである。タイタニック号沈没の公式発表がされたのは、14日になってからのことだった。その報道を聞いて、モーガンも説教を聞いた人びとも驚いた。 さらに、生存者のインタビューにより、夢の具体的な内容が、事実と細かく一致していることもわかったのである。モーガンの夢は予知夢として人びとの驚きを呼んだ。


タイタニック号99の謎

小説家のモーガン・ロバートソンは予言のような小説『タイタン号の遭難』を書き、牧師のモーガンは予知夢を見た。ここに「モーガン」という名が共通するが、さらに驚くべきことに、タイタニックの真の所有者もモーガンという名前だ。

J・P・モーガンは、IMMという会社の経営者であり、ホワイト・スター・ライン社は、この会社に買収されていた。もともとの経営者であるイズメイは、そのまま社長の座に残ったものの、すでに子会社扱いとなり、実質上のオーナーはモーガンに変わっていたのである。

そして、J・P・モーガンは、まるで事故を察知したかのように直前になってタイタニックの乗船をキャンセルしている。三人のモーガンは、いずれも惨事を予知していたかのようにみえる。これは、偶然という確率を超えているといってもいい。

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